初めまして。泉山です。

私が声楽を志したのは高校二年生の秋でした。

単に歌うのが好きでカラオケが得意で将来はシンガーソングライターになりたいと思っていました。

でも、作曲が出来るわけでも、詩を書くことができるわけでもなく、バンド活動を出来るような環境でもなくボーっと日々を過ごしていました。

そんなとき、高校の音楽の先生が2年生から変わられて、その新しい先生がはじめの授業で「音楽系の大学に進みたい人は早めに言ってください。」と言われました。

その時一年からの友人の「マサコ」が「〇〇(旧姓)も音楽系の大学に行くんやったら一緒に音楽の先生に言いに行こうや!」と誘ってくれました。

実は一年生の時、その「マサコ」が「〇〇が歌ってる時だけ先生ノリノリで伴奏弾いてたで~声楽やったらいいんちゃう?」と歌のテストの時に言ってくれました。それでそのノリノリに弾いてた先生に相談したら「声楽で大学に行けると思うから良い先生を紹介するね」と言われたまま音沙汰なく、その先生は転勤されたのでした。そんなこともあり「マサコ」は2年生の時も声をかけてくれました。

私は4歳からピアノを習っていて、私が習っている教室では結構弾ける方だったので無謀にも「ピアノで音大行けますか?」と新しい先生に言ったら先生は苦笑され「そのレベルでは音大のピアノ科は厳しいな~」と言われました。それと同時に音大のピアノ科のレベルがどれほど高いかをほかの音大ピアノ科志望者のピアノを聞いて初めて知りました。

その時、じゃあ「音楽の先生」はどうだろうと思い、すぐに先生に相談し、「それなら大丈夫」と先生は声楽のレッスンを授業の合間にしてくださいました。

そこから数か月経ち先生から「〇〇さんぐらい長いこと音楽をしていたらもう少し専門的なところの方が楽しいんじゃないかな?声楽科を受けてみたら?」と言われ

すでにイタリア歌曲の魅力にひかれていた私は「行けるなら行きたい」と思いました。

その高校の音楽の先生は同じ大学の先輩にあたる方なので、この先生がそう言ってくれるなら間違いないと思いそこから声楽へのめり込んでいき、現在に至るまで続いています。

 

無事、大学に入り、ものすごくまじめに練習しました。順調に歌えるようになっていると信じて疑わなかったのですが3回生になったころから、2,3か月に一度声が出なくなるようになりました。

その上、高音がFis以上が一向に出せるようにならず安易に「きっと男の先生だから高い声が出ないんだ」と思い4回生間近になったころから大学受験前に一度だけレッスンをしていただいたことのある現在もお世話になっているソプラノの先生のところにちょこちょこレッスンに行くようになりました。

その中で「そのまま歌っていたら来年声は出なくなるわよ」と言われ、声帯結節も複数出来ていることを知り発声を直すことだけに全力を注ぎました。本当に辛く悲しい日々でした。今まで正しいと思っていたことを全否定するかのような作業でした。

今考えると単に自分に対する声の聞こえ方の差だけだったのですが、聞こえる声だけを頼りにしてきていたので声が自分から離れていくことに馴れることができず、いつも悔しくて泣いていました。そんな日々はつい最近まで続き、今でも発声のバランスを保つことに余念はありません。

 

私の声楽人生にはもう一つの大きな壁がやってきました。それは27歳ぐらいの時、結婚式場の聖歌隊のソリストを勤めていた時に起こりました。この場所から出られないというような恐怖心が芽生え動悸が起こり、冷や汗が流れ、こんな状態で声が出るのかしら?という不安の中式が始まりました。

私はソリストだったので入場曲のAVE MARIAを独唱しないといけなかったのです。何とか事なきを得たのですが、その後どんどんその症状は範囲を広めいつしか電車やバスに乗れないのはもちろん知らない道も横断歩道も歩けないぐらいになりました。それでもやめられなかったのが声楽でした。

この病気をきっかけに舞台に立つことはもうあきらめないといけないと自分に言い聞かせ、それでも勉強はやめずに続けてきました。

その時、現在も師事し続けている先生に「呼吸が深くなったら、絶対にその症状は治まっていくから」と言われ藁にも縋る思いで続けてきました。それが今ではまたいつか舞台に立ちたい!という思いが持てるぐらいに回復してきました。知らない場所に行くのは今も少し苦手ですが日常生活は普通に過ごせています。

 

二十歳そこそこで音声障害を起こし、精神的にも参ってしまう事を経験し何度も声楽には向いていないんだなと思い知らされました。それでもやっぱり歌う事は楽しいです。

私は歌う事で自分の体と心のバランスを保てるようになってきたので心から声楽に感謝しています。

まだまだ勉強は続きますが、今まで声楽と共に生きてこれたのは様々な人のお陰です。

これからも周りの方への感謝の気持ちを忘れずに精一杯声楽の道を歩み続けていきます。